いま、X(旧:Twitter)も始めてるんですがね。そうなんです、まあ正確に言いますと「始めてる」んじゃなくて「始めてた」んですが。見たら私、もともと2024年からX始めていたそうです。え、誰が?いや私が。いやもうねえ。覚えがないですよ。で、ユーザー名(?)やらナントカ名、これらはもう全部変えて。まあ、そもそも自分が開設したの知らなかったってことは誰も知らない訳で、支障はないでしょ、こんなもの。で、そこで初めて「プロフィール」を入れる、ということを知りました。このXも「喜劇事件」絡みで改めて開設しようと思った訳なんで(まあ勿論、大遅延ですが)喜劇事件を140文字以内で書かなきゃ、と思ったんですがね。いろいろ考えて「喜劇事件」を「自主映画の製作・上映」としました。正直言うと、実は今後は映画だけとは考えていないんですけど、まだ映画祭1度しかやったことのないのにデカいことは言えないので。いまはこんな感じで留めようと。「自主映画」って打って、「自主映画でいいんだっけ?」とも思いましてね。実は某月某日、ラピュタ阿佐ヶ谷で『自主映画の黄金時代』って企画がやっていて。本当は全部観たかったんですが、いろいろ重なって結局1日しか行けず。その時の話はまた近く載させていただきますが。観終わった後、漠然と「自主映画」ってずっと使っているこの語句、いわゆる普通の「映画」とナニが違うのかな、と。まあ普通に考えれば自主映画は文字通り、自主でやる映画な訳だから「配給」や「出資元(スポンサー?)」がない、そのぶんあんまり製作費がかけられない(金持ちはそんなことないでしょうが。金持ちについては映画だけの話じゃないですけど)、たぶん宮崎駿サンは協力してくれない(分からないですけどね)、きっと橋本環奈サンは出てくれない(なんか頼めば出てくれるかもしれませんけど)。だいたいこんなとこかな。でも宮崎サンが絡まない分、規制は緩い。少なくも所謂「映画」に比べれば、ですが。規制があるならそこにしっかり合わせるのがプロである、という理屈は理解しつつも「でもそれなら自主映画いいな」という風に、今の私は考えています。「規制」と言えば「喜劇事件」は特に所属なんてなし、とこれも今は考えています。「映画祭をやるために会場をお借りし、日時を決める。映画を撮る。映画祭で上映する」そうしたら一旦バラバラになる。次回また「喜劇事件」に出してやろうか、となったらまた集まる。それの繰り返し。集団化するつもりは今のところないですね。その中で、なんかいろいろ生まれるとは思います。第1回映画祭では、私が想定した以上に「いろいろなモノ」が生まれたので。ある方がある方と、この会場で初めてお会いしてなんだか親しげに話していらして。自然に独り言で「化学反応」って言ってました。「喜劇事件」はその時々で集まって、映画祭やって、そこで「化学反応」があって、またバラバラになる。それでいいんじゃないかなあと。「化学反応」が「野武士を討つ」なら『七人の侍』ですね。まあ今回結構集まったから、七人どころの騒ぎじゃないんですがね。
今回の写真は近くの駅のとんかつ屋さんの看板ですね。「とんかつ錦鯉」。素晴らしいですね、いつか入ってみたいですね。「こーんにーちはー!」って両手前にしてね。まあ、きっとこのお店では日常の風景なんでしょう。「いいから座ってください」って言われるのが関の山でしょう。
